成安造形大学
2018年、春 情報デザイン領域始まる。
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情報デザイン領域

アートスペース企画・運営、デザイナー 高橋静香

  1. SCENE 1
  2. SCENE 2
  3. SCENE 3
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SCENE 1

妊娠・出産ののち、私はこれからどうしよう。

大阪の阿倍野区であべのまというアートスペースを運営しながら、デザインの仕事などを行っています。あべのまは2013 年にプレオープン、2014 年にスタートしたんですが、最初は、自分の場所を持つ、ということが先行して走り出したスペースでした。

そもそも、私は大学では写真クラスに在籍し、作家を志す道を学んでいたのですが、その中で、ディレクションだったり、展覧会を開催することの意義を実感するきっかけになったことがたくさんありました。

ある授業では、自分たちで決めた作家をお呼びして、講演会を開催するというカリキュラムがあり、クラス全員で写真家の大橋仁さんをお呼びしました。手紙を書いてコンタクトを取るところから始めたんです。講演はとても興味深く、人間的にも惹かれる部分があり、作家に話を聞くことがこんなに面白いのか、ということを知りました。その翌年、今度は有志で、同じように写真家の古屋誠一さんをお呼びました。大橋さんに続いて、私生活や生と死といった私自身が関心のあるテーマの作家で、この時は私が代表になって企画実行しました。古屋さんにメールを書くのに1 時間以上かかったり、緊張しながら迎えたのですが、とても素敵な方で、作家として人として、たくさんのことを教えてくださりました。

3 年生の時には、北海道の東川町国際写真フェスティバルで、全国から有志を募った展示の設営ボランティアに参加、マットの切り方や水糸の張り方、展示搬入の技術を一から教わりました。本物の作品に触れるということ、作品のサイズ、配置によって、見え方が変わるということを学べた素晴らしい機会でした。

大学卒業後は、父親の仕事の手伝いを経て、成安造形大学でのアシスタントの仕事が決まり、働き始めた4 月に突然妊娠が発覚し、出産前に退職。2009 年12 月に第1子を出産しました。当時24 歳で、まだ周りのどの友人も出産していない状況で、誰かに相談することが難しかったのですが、知り合いや先生が、DM やウェブのデザインなど、家でもできる仕事を依頼してくれたんです。夫は同じ大学で一学年上の(当時)彫刻クラスの高橋君。子供が生まれる前は、アーティストの制作の手伝いなどをしながら、自身も作品を制作していましたが、子供ができて生活をするための仕事にシフトしてくれました。

息子が1 歳半になり、保育所に入って落ち着きだした頃、アートの世界では、地域密着型のアートプロジェクトをよく目にするようになっていた時期で、先輩が所属するアーティストコレクティブのNadegata Instant Party が活躍したり、高校の同級生が鳥取で滞在スペースを始めたりしていました。周りがどんどん進んでいく中で、子育てしながら、私はこれからどうすればいいんだろうと、焦りはじめていました。

私は大阪の平野区出身なんですが、夏にはだんじりがある下町です。自分のアイデンティティの中にその場所で過ごしたことが確かにあります。では、息子はどこで自分のアイデンティティを育むのだろう、というところから、私なりに、地域に興味を持ち出していました。

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SCENE 2

妊娠中の写真作品と、お腹の大きい私が並ぶことに。

子供が生まれてから、地域の中でアートに携わる仕事に関わりたいと思い、いろいろ調べたりしてたのですが、だんだん子育てとは両立できないんじゃないかと思いだして。最初は自分のスペースを持つなんて全く発想になかったのですが、地域の中で子供とどう暮らしていくのかを考えたとき、ある日、ふっと思いが芽生えたんです。自分が行きづらいなら、来てもらったらいいんじゃないかと。また、文化活動家のアサダワタルさんの著書『住み開き 家から始めるコミュニティ』(自宅の一部を博物館やギャラリー、劇場などにして、家を開いて人と繋がる活動が紹介されている)が出版された頃で、こんな方法もあるんだと知り、背中を押されました。

方向が見つかると少し楽になって、どんなことができるかなと考えた時、例えばアトリエを持てないアーティストが展示の実験をする場にしたり、自分も空間の中で作品を展開していくことの可能性を探れるかもと。私は作品をつくるより、サポートする側の方がやっぱり向いてるんじゃないかと改めて思いました。

子供の保育所が決まった頃、チラシやウェブサイトのデザインの仕事をパートですることになり、物件を借りる時、大学の後輩とシェアすることも決まって、家賃や場所を持て余した時の悩みを少しクリア。この物件を見つけたのは偶然ですが、1階をギャラリーにし、2階を後輩の住居にするのにちょうど良く、場所も私が通っていた高校が近かったので、愛着が持てそうな印象でした。

元はお隣の門田さんが20年ほど前に内装設計の事務所として使っておられたそうですが、長らく誰も使っていなかった空間は荒れていて、改装するとなった時、夫の高橋君に頼んだんです。アーティストを目指していたのに、子供ができたことで制作しなくなっていた夫を見ていて寂しいなと思っていたので、ここで創作意欲を発揮してもらおうと、改装に関しては全て任せました。天井を元の位置より上げて梁を見せたり、蛍光灯をLEDにして調光できたり、配線を束ねているインシュロック(結束バンド)がカラフルだったりは全て彼のアイデアです。

アートスペースを始めるなら「最初の展示が重要だよ」と周りからのアドバイスがあり、すごく悩んだ末に、写真家の中村ハルコさんの作品を展示したいと思ったんです。中村ハルコさんは2005年にガンで亡くなっているのですが、作品を管理されているご友人やご家族にご協力いただき、ハルコさんの第一子誕生を記録した作品「海からの贈り物」を展示させていただけることになりました。妊娠出産というのも始まりという意味で最初の展示にちょうど良いのではと思っていたら、なんと私が2人目を妊娠しまして、会期中、ハルコさんの妊娠中の写真と、お腹の大きい私自身が並ぶことになりました。会期中は、アート関係の方たちだけでなく、私がお世話になっていた助産師さん、遠方からファンの方がお越し下さるなど、いろいろな方に作品を見ていただき、対話できたように思います。

そうしてあべのまがスタートしたんですが、しばらくして、あべのまのほど近くに活動拠点地がある、地域密着型アートプロジェクトを行うブレーカープロジェクトから、チラシやドキュメントブックのデザインの仕事をいただけるようになりました。また、大阪府立江之子島文化芸術創造センター enocoが発行するニュースレターの表紙と巻頭の特集ページのデザインを担当させてもらう機会もありました。場所を持つことで、活動表明になったというか、アート関係の方たちから仕事をもらえるようになっていったのはとても嬉しい変化でした。

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SCENE 3

個人的にできることをちょっとづつ、やっていくことが肝心。

とにかく勢いでスタートした「あべのま」は、学生時代のつながりや、始めたことでできた関係など、多くの方々とともに進んでやっていくなかで、私の思いや考え方に影響を与える出来事がたくさんありました。

ひとつは、「あべのま」1周年記念の展覧会となった「祖父と祖母と父と母と姉と妹といつものこと」という、「あべのま」を始めたころに出会った現代美術作家の寺田就子さんとご家族の展覧会です。寺田就子さんの父・紀夫さんが、毎夏、庭や玄関先で蚊を叩き続けて日々カウントし、まとめた折れ線グラフ(メモには正の字がびっしり!)や、祖父・信一さんがつくったなんとも形容し難い小さなオブジェ、長女の名前の候補を記したメモなど。ご家族が日常の中でつくり表現されたものと、家族間での手紙やアルバムといったプライベートな記録や記憶を分けて展示。表現ってなんだろう、作品ってなんだろう、そして家族ってなんだろうと考えさせるものでした。搬入の時、梱包を開けると、ギャラリーの中が寺田さんの家の匂いでいっぱいになったのが印象的でした(笑)。

もうひとつは、2016年に開催した、大学時代の先輩である美術家の吉田周平さんと吉田景子(旧姓:高田)さんご夫婦によるユニット「よしだとたかだ」展。これは、周平さんがInstagramにお子さんとの生活の断片みたいなものをアップされてて、それが子育てするなかで私にはない視点で、すごくいいなと思ってお願いしました。そしたら周平さんが、奥さんも一緒に展示した方がいいのではと提案くださり、子供と生活するなかで生まれた作品や、遊びやその痕跡が残るような作品など、ギャラリー空間がプレイルームのように展開されました。私自身、「子供のために」ではなく、「自分の活動と子供のことをどうつなげられるのか」、そのヒントを見つけられた気がした展覧会でした。

私たち家族にとっても「あべのま」は家の延長のような場所です。普段はマンション住まいなのでご近所づきあいというものが希薄なのですが、ここにいると近所の方々が子供を可愛がってくれますし、活動することが夫婦のコミュニケーションにもなっています。そして、夫がモチベーションを上げるために機材を揃え始め、再びアーティストの手伝いに行くようになって、彼の本来やりたかったことに近づいてるのではないかとこっそり喜んでいます。私自身も、学生の時に家族をテーマに制作していたことが、やっとどこかでつながってきていると感じます。

今年で4年目、地域のため、社会のためなど大きな目標を掲げることは私には難しいですが、個人的にできることをちょっとずつやっていくことが肝心だと思うようになりました。秋には3人目の子供が生まれます。私自身どんな変化があるのかまだ全く予想できませんが、どんな形でも、地道に続けていくことが大切だと思っています。

             

(インタビューは2017年5月に行われたものです)

WORKS

中村ハルコ写真展「海からの贈り物/The Gift from the Sea」展示風景
あべのま1周年記念展「祖父と祖母と父と母と姉と妹といつものこと」展示風景
展覧会「よしだとたかだ」(ショップと展覧会)展示風景
『Breaker Project 2014 -2015 Document Book』、『Breaker Project 2014 -2015 Document Book「場所」』デザイン
『enocoニュースレター vol.10』表紙・特集ページデザイン
こども美術館スカイミュージアム『あべの妖怪研究所』チラシ、リーフレットデザイン

PROFILE

プロフィール画像
アートスペース企画・運営、デザイナー
高橋静香

1985年、大阪生まれ。2007年、成安造形大学写真クラス卒業。子どもが生まれたことをきっかけに2014年より大阪・阿倍野にアートスペース+ギャラリー「あべのま」を、夫の高橋和広とともにオープン。不定期で独自の企画展示を行う。また、チラシのデザインや、アーティストのWebサイト制作などのお仕事も少々。
http://abenoma.com/

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